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成人の儀式03

成人の儀式(忌闇装介・阪明日見・橘・東西天狐編)

作:清白

  あひゃー、うひゃー、という叫び声が遺跡内に響き渡っていた。
  先頭を行く忌闇装介が仕掛けられたトラップを余すことなく発動させていく。
 飛んでくる矢をギリギリで避け、落とし穴を何とか跳び越え、
 転んだら最後ベタベタの粘着床も何とかバランスを保ち乗り越える。
 「うわっ、スゲー!! 去年よりも絶対凶悪になってるぞ、ここの罠」
 「今年こそは絶対に合格してくださいねっ」
  後ろから阪明日見が声をかける。
 そう、忌闇装介にとっては、成人の儀式に参加するのは2回目になる。
 前回参加時、彼は遺跡の中ほどまで進みながらも、途中で引き返してしまったのだ。
 帰ることを聞かされてあっけにとられた仲間たちが彼にその理由を聞いたところ、帰ってきた返事はこうだったという。
 「いや、飽きたから」
 
 「大丈夫! 何か今年の儀式は楽しいから。ああ、ワクワクしてきたぁーっ!!」
 「忌闇さんが全部トラップ発動させてくれるから、僕たちは楽ですよね」
  橘が何やらスケッチブックに熱心に書き込みながら言った。
 「ん、それ何書いてるんすか?」
  並ぶように歩いていた東西天狐が覗き込む。
 そこには、何やら得体の知れない円や曲線の集団が……! 
 所々に呪文のようなおどろおどろした文字も書き込まれている。
 直感的に見てはいけないものだと感じ取り、東西天狐はそっと目を逸らす。
 「あ、これ? これマッピングだよ。僕たちが通ってきた道のりを書き留めておけば迷わないですむかなって思って」
  あ、ああ。と小声で天狐は頷く。どう見たらアレが地図になるんだろう、との恐怖にも似た疑問がわいたがそれ以上突っ込むのは止めておいた。
 深入りするともう二度と戻れないような気がして、恐ろしかったのだ。
 
 「うひゃー、今度は丸太が飛んできたぞっ!」
  忌闇装介がやけに楽しそうに叫びながらひょいっと身を屈めてかわす。
 天井にロープで吊るされた丸太が速度を上げながら、振り子のごとく彼の後方へ襲い掛かる。
 その先には、阪明日見がいた。
 だが、彼女はぼーっと余所見をしていて丸太には気がついていない。
 「あ、阪さん、あぶないっ!!」
  東西天狐が叫ぶ。ん? と振り向く阪明日見。その後頭部に今にも丸太が……!
  丸太は彼女の頭の上を通り過ぎ、東西天狐の顔にそのままのスピードで直撃した。
 「ふ、不覚……」
 ばたりと倒れる天狐。
 「このトラップ仕掛けた人も、こんなに小さい人は考慮に入れてなかったんだろうね…」
  橘は、突然のことにわたわたする阪明日見を見ながら、呟く。
 阪明日見の身長、推定約130cm。藩国中を探しても、彼女よりも小さい女性はそういないだろう。
 「おーい、早くみんな来てよーっ! まだまだ一杯罠ありそうだよっ! うわっ何だこれ、急に上からペンキが降ってきたーっ!!」
  前方で忌闇装介がぴょんぴょん跳びはねながら急かす。ふらふらとよろめきつつも何とか立ち上がる東西天狐。
 3人は、本当にあの人は元気だなぁと思いながら、歩いていった。
 
 「よし、飽きた! 帰ろう」
  突然、忌闇装介が爆弾発言。ついに来るべきときが来てしまったかと、顔が引きつる3人。
 「いや、もうそろそろ霊廟に着く頃っすよ! ここで諦めちゃもったいないっす!」
 「そうよ。それにここから引き返すのも結構苦労しますよ?」
  東西天狐と阪明日見が口々に反対する。
 彼らがここまで大した怪我もせずに来られたのも、忌闇装介が一種の弾除けの役割を果たしていたからだった。
 「えー、だって熱が醒めちゃったんだよなぁ……。罠も段々マンネリになってきたし。何か燃えられないんだもん」
  ぶーぶー口を尖らせて文句をいう忌闇装介。
 「そういや、成人の儀式を通過すると、ご褒美にツナ缶がもらえるらしいですよ」
 「え? ホントに!? ……もうちょっと頑張ってみようかな」
  橘のでまかせに忌闇は心が動かされた。熱しやすく冷めやすい彼である。
 扱いやすいなーと、内心ほくそ笑む橘。
  
 「あーっ! ちょっとみんな前をみて!」
  阪明日見が前方を指さす。その先には、ワニの大群が群れをなしていた。
 腹を空かせているのか血走った目でこちらを凝視してくる。
 「……いや、俺はあんなの倒せないよ。パスパス」
  忌闇装介が無理無理と首を振りながら後ろに下がる。自然、阪明日見が先頭になった。
 当然彼女も下がるだろうと見守っていた3人だったが、彼女は予想外の反応をみせる。
 「じゃ、じゃあ私が頑張ってみるね」
  そういい残し、ワニに向かって突進する阪明日見。
 こてこてと小走りする姿を、男3人は、かわいいなぁと後ろから眺める。
 「……はっ! いやいやいや、それは流石に無謀っすよ!!」
  東西天狐が素にかえってすぐに阪の後を追った。こうして2人対ワニの大群の激闘が始まった。
 「おおー、天狐さんってやっぱり強いんだなぁ。あの体は伊達じゃないか」
  忌闇装介は両手を頭の後ろで組みながら、のんびりと観戦している。
 「うん、それにあのちょこまかと動く阪さんもなかなか……。絵心をそそりますねぇ」
  おもむろにスケッチブックを取り出し、筆を走らせ始める橘。
 2人とも戦闘に参加する気はゼロである。
  うおおおおおおっ!!と東西天狐が吼えながらワニを殴り倒していく。
 積み重なっていくワニワニワニ。
 後方へと下げられた阪明日見は退屈なのか、もう動かなくなったワニに蹴りをいれている。
  数分後、ワニは全滅した。
 
 「いやー、天狐さん。貴方の勇姿は僕がスケッチブックにしかと描いておきましたよ。実に素晴らしかった」
 実際は阪明日見の絵で溢れているスケッチブックをしまいながら、橘は拍手する。
 「ホントホント。医師なんか目指すよりも、兵士になった方がよかったんじゃない?」
  忌闇装介も素直に褒める。
 「あははははっ。大したことないっすよ、俺なんか。それに昔から経穴を習ってたから、
 たまーに無意識のうちにつぼを押しちゃって、殴ってるのに逆に元気になっちゃったり――」
  照れながら話す東西天狐の後ろで、ペタリペタリという不気味な物音がした。
 ぎょっとしてゆっくりと後ろを振り向く。
 そこには、倒したはずのワニが。しかも、やけには鼻息が荒く、目がギラギラと光っているような……。
 「これって、もうしかして、……そういことなの?」
 「ああーっ!! またやってしまった。申し訳ないっす!!」
  パタパタパタとワニとは思えないスピードで迫ってきたのを見て、4人は全速力で逃げ出した。
 遅れそうになる阪明日見をひょいと肩にのせる東西天狐。
 その姿をみて、橘は良き哉良き哉と呟くのである。
 
  その後しばらく、遺跡内を彷徨ったあと、ついに彼らは最奥部へと到達した。
  目の前に広がる広々とした空間と、霊廟。
 「うわーっ、ホントに霊廟なんてあったんだ!!」
  忌闇装介が真っ先に走り出す。途中、足元に違和感を感じた。
 何か柔らかいものを踏んだような感覚……。
  下を見てみると、もさもさした細長い物体を踏んでしまったらしかった。
 何だこれ、と思いその先っぽへと視線を移す。
  サルが、いた。
  口元をぴくぴくさせ、かなり怒っている。その大きな両眼は、忌闇をしっかりと睨みつけている。
  うぎゃーっと逃げ出す忌闇装介。それを追いかける巨大なサル。
 「あ、あれがきっとサルの王なのよね……」
 「こ、こっちに向かってきたら、天狐さんお願いしますね。ははは」
 「いやいや、流石にあれは無理じゃないかと……」
  東西天狐もかなり怖気づいているようだ。そのとき橘の目が妖しく光る。
 「……少し話しをしていいですか、天狐さん。僕には、昔から1つの夢があったんです。
 絵描きとしての、いや、この夢があったからこそ絵描きになった、という方が正しいかな」
 いつになく真剣な橘の眼差しに、天狐も真面目に耳を傾け始める。
 「それは、英雄の活躍する姿をこの手で描くって夢なんです。途方もない夢で、最近ではもう無理かなって諦めてたんですけど、
 どうやら運が巡ってきたようなんです。いや、ついさっき、僕は確信しました」
 「……ほ、ほほぅ」
 「そう、もうお分かりでしょう? その英雄というのは……天狐さん。貴方ですよ」
  キラーンと輝く橘の瞳。天狐は顔を真っ赤にして直立不動。
 「そ、そそそそそそそういう事ならいいでしょう! 戦います、ええ戦いますとも!! 橘さん見ててくださいね。俺の一世一代の勇姿を!!」
  わははははーと笑いながらサルの王に向かって走る東西天狐。サルの王もぎょっとして彼に相対する。
 「天狐さんって単純よねー。忌闇さんもそうだけど」
  阪明日見が横をみると、橘は上機嫌に鼻歌を歌いながら筆を走らせていた。
 
  東西天狐とサルの王の死闘は延々と続いていた。幾度かの勝負でも決着がつかず、今では何故か2人は相撲をとっている。
 だが、組み合ったままピクリとも動かない。
  数分後、ついに双方とも力尽きたのか、同時に地面に倒れこんだ。
  肩で激しい呼吸をしつつ、満足気に視線を交し合う2人。そこには、漢と漢の友情が芽生えていた。
 ひしっと抱き合った後、最後に握手をして戦友に別れを告げる。強敵とかいて「とも」と呼ぶ世界がそこには広がっていた。
 「良き敵に巡り会うことができました!!」
  汗を拭きつつ達成感にあふれた顔で天狐が帰ってくる。暑苦しいと思いながらも、とりあえず儀式の最終関門を突破できたことを彼らは喜んだ。
  まだ、一心不乱にスケッチブックに向かっている橘は置いておいて、3人は霊廟へと向かっていった。
 「さぁ、ここでみんな未来への誓いを述べるんすよ!! 忌闇さんからどうぞ」
  汗を振りまきながら天狐が言う。
 「や、やけに張り切ってるねぇ。ま、俺は、楽しいけりゃいっかな」
 「俺は、医者に。加えるならば、筋肉の道をもっと究めたい。目指すは、そう……鋼のような肉体と――(中略)」
 「あ、あまり近づかないでね、天狐さん。……えーと、私も医者になりたいなーっと」
  3人が未来への誓いを述べて戻ってくると、橘も絵を描き終えて霊廟へと向かっている最中だった。
 「あ、そうだ。せっかくだから天狐さんがモデルの絵、渡しておきますね。持ち帰って額にでも入れて飾っておいて下さい」
 「ああ、ありが……」
  言い終わらぬうちに東西天狐は、仰向けにぶっ倒れた。え、どうしたのと近寄ってきた阪明日見も、こてっと倒れる。なにさなにさ、と忌闇もその絵を覗き込む。
  目に入り込んでくる、恐怖戯画。
  ナ、ナンダコレハ……!! ジゴクダ、コノヨノジゴクダ……。
  心が侵食されそうなおぞましさに彼も耐え切れず、くるくる回りながら失神。
 瞬時に3人を戦闘不能にさせる危険物を作り上げた当の本人は、己の後ろで何が起きているかも知らずに、1人霊廟に向かい宣言する。
 「僕はまぁ、これからもみんなに喜ばれるような絵を描き続けていこうと思います」
 
  この年の成人の儀式も、こうして幕を閉じたのだった。

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