宰相府藩国の歩兵部隊は宇宙軍から派生して作られた。 設立当初は苦情や反対意見もあったが、現在では毎年多数の入隊希望者が出る盛況ぶりとなっている。 その中から選び抜かれた、およそ十分の一が訓練兵となる。 彼らは宰相府藩国に点在する志願センターで、志望動機や背景、身体能力、技能、IQなどの審査を合格した者である。 生活苦から第二の人生に賭ける者、好奇心や興味本位からなど実に様々な理由から彼らは集まる。 軍隊とはかけた離れた生活を送っていた者も少なくはない。 新兵訓練所には、こうした志願兵がひしめきあっている。 彼らの最初の訓練は四ヶ月におよぶ長距離行軍、基礎戦闘トレーニングである。 早朝六時からの十キロマラソンに始まり、十キロのリュックを背負って十キロ、二十キロの道のりを歩く。 氷点下に達する砂漠の早朝マラソンは、多くの訓練兵を苦しめる。 ブーツに入り込む砂で足にマメができることもある。 しかし、これを乗り切れないようでは歩兵になることはできない。 マラソンが終え、ストレッチを行うと次はメカニック講習である。 厳しい時間的制約の中、彼らは五分でシャワーをすませ、教室へ向かう。 メカニック講習では、歩兵用レーザー銃などの銃火器やウォードレス、軍事機器の操作、修理を学習する。 先進技術が一般社会にも普及している宰相府藩国ではあるが、専門的な部分については説明されても理解できないことが多い。 それでも上官は目に焼きつかせ、触れさせることで、取り扱い方を学ばせる。 入隊前にメカニックに関する職に就いていた者は、さらに技術を習得させ、整備士として世に送り出すこともある。 しかし、基本的に訓練兵が覚えることは基礎的な部分のみである。 訓練兵の一日の終わりは六人一部屋の寮である。 面識のない者との生活は口論や喧嘩が絶えない。 過酷な訓練の疲労や寝不足に加え、同性同士との生活によるストレスで除隊を考える者もいる。 また、上官が使い物にならないと判断した場合、除隊を命じることがある。 いずれにしても、周囲の人間は除隊を止めることはない。 そして、除隊の誘惑を乗り越えた者たちは、互いを仲間と認め、それ以外の者とも柔軟性を持って対応できるようになる。 こうして四ヶ月の訓練期間を終えた者は、入隊試験に合格したとみなされ、それぞれ次の戦闘部隊へと配属される。 このころには軍服が様になってくる。 ニューワールドのなかでも、宰相府藩国の第一歩兵中隊は、特にタフな軍人が集まる部隊である。 新兵訓練の段階で体力のある者が選別され、さらにその中から厳しいテストでふるいにかけられる。 腰まである水の中を歩いたり、空高く組まれたやぐらの上で高所の適正を見せたりするのだ。 短い時間制限の中、十キロ、二十キロという重武装でこれを合格した者が第一歩兵中隊に配属される。 彼らは生涯をすべて賭ける覚悟で来ている。 第一歩兵中隊は、宰相府藩国の軍にいる者なら、誰もがあこがれる精鋭部隊だ。 世界的にも精強と知られる、まさにエリート中のエリートである。 他の部隊よりも戦闘地について意識しており、いつどこで何が起きても即時に出動できる。 彼らのモチベーションは常に最高であり、自軍の名声を汚さぬよう、厳しく自らを律している。 そんな歩兵たちのストレス発散法は筋トレである。 第一歩兵中隊の兵士は、ふだんの肉体勤務とは別に、ジム通いを日課としている。 入隊当初、ひよわであった新兵たちも、肉体の酷使によって、次第に運動していないと体がうずくようになる。 特に第一歩兵中隊へ配属されるような強兵はその傾向が強い。 そんな彼らが行う、果ての砂漠の長距離行軍は、世界で最も過酷であると言われている。 宰相府藩国の砂漠は、摂氏四十度を超えることも珍しくない。 ひどいときには五十度に達することもある。 そんな地域を七日間移動し、目的地の軍港を目指す。 オアシスを経由するものの、熱射病や脱水症状で離脱、ピケで病院へ運ばれる隊員もまれに出てくる。 無私の精神で仲間に手を貸し、肩を貸し、弱った者を背負うような精鋭部隊でもそういうことが起こるのだ。 さらに蜃気楼が見せる涼しそうな家や楽しそうな人々、龍の巣の噂が彼らを苦しめる。 体力的にも精神的にも非常に困難な訓練である。 むろん、この行軍は武器や飲み水といった装備を携帯する。 新米の兵士はリュックに何でも詰め込んだ結果、体力が持たずに倒れてしまうことがある。 しかし、経験を積んだ熟練兵は、何が大切で何が不要かを理解しているため、装備の重さが未熟な者の半分にしかない。 さらに荷物の入れ方や背負い方にもコツがある。 たとえば、荷を背中に密着させれば、肩にかかる負担を軽減できる。 さらに、荷物の重みが偏らないよう詰めればなおよい。 もちろん、すぐに必要そうなものを取り出しやすい位置に入れたり、水に濡れるとまずいものをビニール袋に入れたりといった工夫も当然行う。 歩兵の仕事は大部分が歩くことであり、どれだけ効率よく歩けるかが重要なのだ。 彼らは砂漠を歩く中、直射日光や砂から体を保護できるよう軽くて丈夫なマントを羽織る。 砂は日の光を鏡のように反射し、さらに風が大量の砂を顔に吹きつける。 そのため、日よけ、砂よけの白いマントを身に着けなければならない。 また、靴は軽くて通気性のよい物を履く。 底が厚いため、日で熱せられた砂にも耐えられる。 そして、当たり前だが、砂漠では水が欠かせない。 体力を激しく消耗する運動を行えば、一日で十リットルもの水分が失われる。 水分の消失を防ぐためには、日中の暑い時間帯は日陰に隠れ、夕方や朝に活動する。 消費されるカロリーも大きいため、彼らは三十分おきに軍用チョコなどカロリーの高い食品をとっている。 食べ物が分解される際、水分が消費されるため、同時に適量の水を飲む。 宰相府藩国では、スポーツ飲料や栄養ドリンクなど、吸収が早く、ミネラルやビタミンも補給できるものが支給されている。 歩兵たちは砂漠にいる間、利尿作用のあるコーヒーや紅茶、アルコール類は控えるよう心がけている。 なお、余談だが、宰相府藩国の軍隊はニューワールドでも豊富なコンバット・レーションで知られている。 長期間の戦場暮らしで、毎日食べても飽きないよう、非常に多くのメニューが揃っているのだ。 敵の存在を悟られぬよう、レーションは紙の箱に入れられており、たき火で暖をとるとき、空き箱もいっしょに燃やされる。 痕跡を残さなければ、それだけ奇襲が成功する可能性が増えるからである。 このような食品と信頼できる仲間の力で歩兵たちは行軍をやりとげる。 周囲から見えれば厳しい訓練であるが、彼らにとっては大したことではないらしい。 軍港に着いたその日のうちにランニングを始める者もいるくらいだ。 ある歩兵によれば、激しい運動の後に軽い運動が必要なのだという。 疲労困憊の状況下でも自己管理に余念がない。 このことからもモチベーションの高さがうかがい知れる。 宰相府藩国において軍港を守るのは第ニ歩兵中隊の仕事である。 軍港は艦隊の根拠地であり、その防衛は非常に重要な任務であることは言うまでもない。 港は巨大であり、守るべき範囲もまた広大である。 予想しない手段から敵が来る危険性もある。 たとえば、エリスタンフォールは揚陸の際、艦船を使わず、海を泳いで急襲した。 そのような屈強なオーマとも対抗できるよう、第ニ歩兵中隊は水中でのサバイバル訓練を行っている。 完全武装のまま、水の中に飛び込んだり、水中の障害物に挑んだりするのだ。 また、流出した石油が燃え広がる状況を想定し、十メートルも潜水し、息継ぎの際は水面を払うことで石油や火を払うといったことも行う。 こういった訓練は夜間の湾内や外海でも試される。 なぜ、彼らはこのような特訓をするのか。 たしかに、わんわん帝國には天陽やドンファン、チップボールといった優れた兵器が存在する。 しかし、それに頼り切っていては物理域を変えられたりした場合、戦えなくなる。 ぽち王女と彼女が愛する民を守るため、第ニ歩兵中隊は鍛錬に励むのだ。 むろん、低物理域対策をした結果、高物理域での戦力が下がってしまっては元も子もない。 そのため、宰相府の歩兵は、レーザーライフルやレールガンといった最新の武器も貪欲に取り入れ、それを活かせるよう練習を重ねている。 砂漠に囲まれ、海を要する宰相府藩国ではあるが、当然、市街戦も想定されている。 これに特化した部隊が第三歩兵中隊である。 (続きは以下の文章) http://hpcgi2.nifty.com/fakeradio/bbs-i1/cbbs.cgi?mode=one&namber=3022&type=2986&space=15&no= 市街戦においては情報の共有も重要となる。 開けた砂漠とは異なり、街の中では視界は限られる。 一人一人が得られる情報も限定される。 仮に、敵の位置や全体の戦況を小隊長しか知らないとする。 もしも隊長が負傷で指揮できなくなればどうなるか。 おそらく撤退を余儀なくされるだろう。 そのため、彼らは通信機器を使いこなし、アイコンタクトやハンドシグナルなども得意とする。