TEXT1  カマキリたちが小さい体になってから、私たちの力がより必要とされる様になっていた。それはもうがむしゃらに戦った。皆を助けるため、悪のテロリストたちと戦う日々。  戦って、戦いまくった。  私達の世界はじわじわと何かに侵蝕されている様に、悪の脅威は日増しに増大していく。それに呼応する様に、私達の力も強くなる。  この力なら、どんな悪にも負けない・・・!  そんな闘いの日々のヒーローにも、休息は必要だ。  普段の私は普通の学生で普通の女の子。今日は久々に弟と遊びに出かける日。  あの日、普通よりちょっとだけ正義感が強かった私は、ヒーロー協会の門を叩いた。厳しい訓練に、同じ志を持つ仲間たちとの特訓、そして先輩ヒーローの教えを受けて、今では晴れてヒーローを名乗れるようになった。 「ねーちゃんに、見せたい場所があるんだ」  弟は大はしゃぎで私の手を引っ張っていく。学業とヒーロー業が忙しくて最近あまりかまってあげなかったとはいえ、こんなに喜ぶとは。  はいはい、と言いながらそれに引きづられていく。  弟にはヒーローをやっていることは秘密だ。協会へ登録する時に親に許可をとった以外は、弟にも友達にも秘密にした。  なるべく正体を隠したかったのもあるが、ヒーローかっこいい!とたまにテレビに写るヒーローたちを見て、はしゃいでいる弟の夢を壊したくないというのもある。  憧れの存在は遠いところにいた方がいい。それに無邪気に憧れられるのも悪くないしね。  行きがけに屋台で串焼きを2本買う。一本を弟に渡す。 「熱いから気をつけなよ」 「大丈夫だよ」  そう言いながらも一気に頬張って、熱さに吃驚した顔。口の中が大変なことになっているに違いない。  言わんこっちゃない、とは言うけど、思った通りの行動をする弟に、少し微笑ましくなった。  PiPiPi……  手首のブレスからコールが聞こえる。よりによってこんな時に。 「ごめん、急用が入ったの、行かなきゃ。アンタ1人で帰れるわね?」 「 ……!」  口が塞がっている弟の無言の抗議を無視して、私の分の串焼きを押し付けると、行き先と反対方向に走った。 「………って!」  ようやく口の自由が戻った弟が何か言ったけど、聞き取れなかった。  走る。走りながらも人目が無くなるのを確認。 「変身!」  光る首飾りのマテリアライズ・スフィア。赤いヒーロースーツとマスクが出現する。 「レッド、B地区でテロリストがでた。奴らI=Dを持ち出してきたぞ。急げ!」 「わかったわ、なんとか堪えて」  仲間からの通信に応えながらも、方向を定め一気に跳躍する。  B地区といえば商業施設で、国の中でも比較的混み合った場所だ。そんなところでテロだなんて、絶対に許せない。  大跳躍で何もかも飛び越えショートカット。上空からカラフルな奴らめがけて一気に突っ込む。  どかん。舞う土煙。 「お待たせ!ブルー、グリーン、イエロー。状況は?」 「おい、あっぶねぇなぁ!そのまま突っ込む奴があるか!」 「遅いぞ!……俺らと居合わせた他のヒーローとカマキリたちで協力して足止めしてるが、そろそろ限界だ」  思ったより余裕はないようだ。だったら! 「こっちもI=Dで行くしかないわね」  頷く皆。そう、私達はヒーローの中でもI=D操縦を得意としたヒロイック・パイロットチーム。 「スタンダップ、士季号!」  ブレスに向かって叫ぶ。これでヒーロー協会から待機中の士季号がサポートメンバーによって現場に送られてくるのだ。 「来たか……!」  遠い空に光が見える。あれが士季号サンダーバード形態「飛電号」だ。  瞬く間に距離を縮めると、飛電号は敵I=Dの軍団に小レーザーで牽制攻撃。そしてそのままファイヤーキャット形態「猫髭号」に変形して大地に降り立った。 「行くわよ、皆!」  一斉に士季号へ飛び乗って、コックピットへ。メインシステムを起動。武装選択――ソードブラスター白兵形態。  敵機の攻撃が突如現れた士季号に集中する。それを双剣となったソードブラスターで薙ぎ払いながら前進、一気に白兵距離に持ち込んで切り払う。  一体、二体とそのまま切り捨て、移動。ソードをブラスターへと持ち替えて攻撃を続ける。 「くっ、手強いな、だが負けられん」 「このまま押し切りろう」  そう言いつつも、計器が捉えた周囲の様子を確認しているグリーンが何かを指し示す。 「おい、あれ!」  外のカメラ、端に何か映っている。拡大して表示―― 「――馬鹿ッ、なんでアイツここにいるのよ!」  それはさっき返した筈の弟だった。アイツなんでこんなところにいるのよ。  咄嗟に声をかけようとして、気づいてしまった。たくさん開いた画面の一つ、その中の他の敵機から離れて映る一体のI=D、そいつが持つブラスターの銃口が弟のいる方向を向いていることに。 「駄目ッ!」  叫んでいた。体が一瞬強張って動かない。 「させるかっ!」  ブルーのフォローで咄嗟に射線に割り込む。両手の双剣が重なり一つの巨大な剣へ。 「必殺」  剣が輝きを極大まで増す。そう、倒さなくては。 「O. V. E. R. Slash――!!」    敵機爆散、そして戦闘は終了した。  最後に倒した敵機が指揮官機だったのかもしれない。残った敵はすぐ撤退していった。  私は士季号の撤収は少し待ってとお願いして、コックピットから降りた。正体は隠したままでも、弟の無事は何としてでも確認したかった。 「君、大丈夫?」  そういって駆け寄ろうといて、私は凍りついた。その顔が、恐怖で怯えた目で私を見上げている。  ふと、気付けば、周りの人々も同じように怯えた目を私に向ける。駆け寄ってきた仲間たちも私たちの様子に怪訝な様子だったが、すぐこの視線に気付いたようで、言葉を失った。 「あ――」  すぐに気付いた。街が、家が、私たちの戦闘によって破壊されていた。私たちによって。  あれ、おかしい。こんなはずじゃなかったのにな。こんなはずじゃ…。  弟が怯えた目でこちらを見ている。  こんなのは間違っているんだ―― TEXT2  ……私は。  あれから私は家に帰れなかった。弟の表情が、目が、頭から焼き付いて離れなくて、顔を合わせることが出来なかった。  どうすれば良かったんだろう。ずっと、そればかりを考えている。  あの事件のあと、あの件に係わったヒーローだけでなく、国内外のヒーローたちの間で話合いが行われた。  あの時どうすれば良かったのか。正義とは。悪とは。  その後、皆それぞれの答えを見つけるため、各地へ散って行った。私はといえば、相変わらずヒーロー協会で1人考え込んだまま、一歩も動けていない。  あの時、弟を守ることに必死すぎて、周りへの被害が念頭から消え去っていた。過度の力は必要なかった。守ることだけに十分な力が出せればいい。  必殺技を放つ前もそう。あんな市街地で戦うのをわかっていて、被害を減らす努力が足りなかった。市民の安全と建物への被害をもっと考えて行動すべきだった。  だけど、あの時そんな余裕があっただろうか。敵を倒すことで精一杯じゃなかったか。皆を守るにはもっと力が必要だ。でも、その力があんな結果に繋がったんじゃないのか……  頭ではいろんな考えがぐるぐると巡っている。  理屈ではどうすればいいかわかっていたけど、真の意味で自分が納得しているのか、自信がなかった。このままではまた同じことをくりかえしてしまうかもしれない。  ふと、気付くと隣に誰か座っていた。 「か、会長……!」 「少しいいかい」  ヒーロー協会、会長その人だった。協会の会合で良く訓示を受けるが、一対一で話をするのはこれが初めてになる。 「君はずっと迷っているようだが、いったい何が君の足を留めているんだろう」  私は話した。まとまらない考えのまま。皆を本当の意味で守りたい。そのために力が必要だ。でもその力で皆を傷付けてしまったら……。 「人を、傷付けない戦いをするには、力が必要です。でも時には使わない覚悟が必要です。私にはその覚悟がまだ見つけられない……」 「覚悟か。なるほど」  しばし、考える会長。 「君の覚悟の話なのに、君のことを何も知らなかった。君のことを話してもらえるかい。例えば、君は何でヒーローになったのかな」 「それは――」  あの日、街へと出かけた帰り道、私達は敵に襲われた。  あの時、私は弟の手を引いて必死に逃げて、だけどころんで足を捻って。 「もう駄目だっていう時に、弟が私をかばって立ちはだかったんです。ねーちゃんは俺が守るって」  そう、今よりあんなに小さかったのに。 「結局その後すぐにヒーローが助けてくれましたけど、でも」 「君にとっては、弟くんがヒーローに見えたわけだ」 「はい。そんな無茶してなんて馬鹿なんだろうとも思いましたけど。でも、その弟に守られてる自分も不甲斐なくて。今度は自分が守れるように強いヒーローになろうと思いました」 「そうか。しかし、君、今良い表情をしているね」  え、と会長の方を見た。 「君が弟くんのことを考えて微笑んでいられるなら、彼の力を借りたらいいんじゃないのかな」 「弟の……」 「君が迷った時は、君の中のヒーローに聞いて見るんだ。覚悟が足りない時は勇気を貰えばいい。小さなヒーローが頷いてくれるかどうか、君なら分かるだろう?」  私は焼き付いて離れない、あの時の弟の表情を思い出した。アイツが笑顔でいてくれるなら、どんな努力でも覚悟でもしよう。それが出来なくて何が強いヒーローか。 「……ありがとうございます。やっと、覚悟が決まりそうです」 「それは良かった。ただ、どんなヒーローも万能じゃない。迷うことも悪いことではない。常に考え続けなさい。そして仲間たちと、守るべき国民とも話し合いなさい」  そう言って会長は席を立った。入れ替わりに、ブルーたち、チームの仲間がやって来た。 「ここにいたのか、レッド」 「聞いてくれ、俺たちが見失っていたものを、どうすればいいかを」  どうやら皆、それぞれの答えを見つけ戻ってきたようだ。良い表情をしている。 「ええ。私の覚悟も聞いて欲しい」  それに負けないよう、私も強く頷き返した。 TEXT3  私達はその時から、機会があればヒーロー協会に集まって話し合うようになった。私達の正義を見つけるために。 「少しいいかい」  またあの時のように、いつの間にか会長がいる。 「今の君達に見せたいものがある。付いてきなさい」  会長の後をついて辿り着いたのは、開発用の格納庫だった。一般のヒーローは普段訪れることがない場所。そこに私達のよく知っている機体と似た、別の機体が納まっている。 「これは士季号Season2……の試作機だ。士季号を既存の技術で作り直した全く新しい機体。出せる力はまだ万全ではないが、力の制御には長けている。重力制御機能も君達の役に立ってくれるだろう」  そして見たこともないパイロットスーツを渡される。 「これは新作パイロットスーツ。機体との情報リンクをより速く行えるように調整してある。これをスフィアでスキャンするんだ」 「了解!……スキャン完了。変身!」  各自、スキャンしたスーツに変身する。それを見て頷く会長。 「力は使うものの心次第だ。今の君達ならこの力を使いこなしてくれると期待している」    PiPiPi……  敵襲だ。よりにもよって、また市街地でI=Dが暴れているらしい。  今度は間違えない。私達はそれぞれの思いを胸に頷きあった。 「今、現地近くのヒーロー達が国民達を避難させている。士季号S2で出撃だ!」  新パイロットスーツへ変身し、士季号S2へ乗り込む。あれから何度もやった市街戦を想定した訓練を思い出す。 「発進!」    飛電号で現場へ急行する。 「敵I=Dを確認」  ブラスターを構えている。その先には避難中のヒーローと子供たち。あの光景がだぶる、けど冷静に対処しなければ。  牽制でレーザー攻撃、だが、敵はびくともしない。  間に合え――! 「チェンジ、猫髭号!」  空中で変形、着地。地面へ突き刺さるブラストザンバー。 「重力障壁展開!」  その瞬間、敵のブラスターが放たれる……!が障壁によってかき消された。街にも損害は、ない。 「……よし、次だ」  私たちは安堵の表情でアイコンタクトする。戦闘はこれからだ。 「チェンジ、咆甲号!」  変形の間に敵機が態勢を立て直し、こちらを攻撃してくる。その攻撃は甘んじて受ける。  だが、その一瞬が隙だ! 「アンカー射出!……成功、敵機を拘束しました」 「よし、そのまま海へ引きずりだせ」  咆甲号の有無を言わさぬ馬力に、港まで引きずられる、敵I=D。ここなら周りの被害は最小限だ。 「よし、トドメだ!」 「内部構造解析完了、動力部、コックピットは避けて破壊しろ」 「了解、出力調整良し」 「行くぞ、必殺!」 「O. V. E. R. Strike――!」  敵機破壊成功。だけど街の様子は……? 「君達、良くやってくれた」  安堵から一転、不安な気持ちがよぎったその時、会長からの通信が入った。 「会長、街は!皆は無事ですか?!」 「ああ、人的被害は0、建築物への被害も最小限だ」 「……やったー!!」  最大出力で上がった歓声に、おいおい勘弁してくれ……と耳を押さえてるだろう会長からコメントが入った。  おっと、最後の仕事が残っていた。 「チェンジ、海鱗号!」  水中に長けた海鱗号で、敵I=Dのコックピットを引き上げる。犯人を警察に突き出さなくては。  陸では、こちらに向かって笑顔で国民が手を振っていた。 エピローグ  何かを掴めたと思えたあの日、私は久しぶりに家に帰った。  親に弟には友人のところへ泊っていると説明してもらっていたが、久しぶりに顔を合わせるのはやはり気まずくて、自分の家なのにこそこそと移動する。 「なに隠れてんだよ、ねーちゃん」  早速見つかってしまった。 「あはは……久しぶり」  ジト目でこっちを見る弟。暫くこっちを見つめていたが、ふー、とため息をつかれる。 「出かける約束!今から行くから!」 「え!?」  驚く私に構わず、あの時の様に私の手を引っ張っていく。……よかった、今までと変わらなく話せそうだ。  弟はどんどん進んでいく。知らない路地や雑木林、謎の階段を通ってやがてそこに辿り着いた。 「わ……」  風が通り抜ける。そこからは街が一望できた。 「ねーちゃんが守ってる街だよ」 「え……?」 「バレバレだったよ、ねーちゃんがヒーローやってることなんて」  あはは、とひとしきり笑われる。私は考えが追い付かず茫然とそれを見ていた。脳裏にあの怯えた目が蘇る。 「ごめん」  急に笑うのを辞めた弟。神妙な態度にはっと我に返った。 「ねーちゃんだってわかってたのに、怖がってごめん。俺を助けるためだったのに」 「ううん、アンタが気付かせてくれたんだ、大事なことを。だからいいんだ。ありがとう」  弟は頷いた後、照れくささと気まずさでずっと景色を眺めてた。 「俺、大きくなったらヒーローになる!」  暫くして、弟が叫んだ。街中に宣言するように。いつか言い出すと思ってたけど、とうとう来たか。 「アンタ、その無謀な性格直さないと駄目よ。大体好奇心であんなところに来なければ良かったのよ」 「あ、それさっきいいんだって言ってたじゃないか!」  私の小さなヒーローが、私を守って活躍するのは、また遠い未来のお話。