シーキャットのコックピットは、微小重力でも操縦しやすいように設計されている。 微小重力下では、血液やリンパ液などの体液が上に移動する。 そのため、重心は体の上の方に移る。 結果、足が細くなり、胸や顔が膨らむ。 コックピットの設計には、こういった体型の変化を考慮する必要がある。 また、重力下で立つ場合、重さがあるため、腕を下にぶらさげる形になる。 微小重力では、腕が下に引かれないため、肩が上がり、肘を曲げた形になる。 その結果、手が胸の高さまで上がることになる。 頭は重い脳があるため、重力下では首をまっすぐに保った方が支えやすい。 しかし、微小重力下では重さを支える必要がないため、首を下に傾けた形になる。 そのため、視線も下向きになる。 つまり、レバーやスイッチは地上よりやや上に、ディスプレイなどの表示装置は少し下に配置したほうがよい。 地上において重力は物の固定に役立てられている。 宇宙では、この重力が利用できない。 ねじを回そうとすると体のほうが回転し、スイッチを押そうとしても跳ね返されるといったことが起こるのだ。 そのため、操作の際、シートベルトなどで体を固定し、反力、反モーメントを取れるようにしている。 以上のように、シーキャットのコックピットは人間工学を考慮して設計されている。 重力を固定に利用できないということは、パイロットだけではなく、機体にも当てはまる。 たとえば、腕を振れば、体が回転し、実弾を撃てば反動で、位置や姿勢が変わる。 特にレールガンは高速で弾体を射出するため、反動も大きい。 姿勢や位置が変われば、射線がずれ、攻撃が外れるかもしれない。 軌道や姿勢が崩れる要因は他にもある。 たとえば、重力傾度である。 地球などの惑星を周回している機体は、重力と遠心力でバランスのとれたところを回っている。 このとき、惑星に近い側は重力が強く、惑星から遠い側は遠心力が強い。 そのため、細長い機体は、姿勢次第では機体を回転させようとするトルクが働く。 また、大気抵抗によっても軌道は変える。 低軌道を周回する場合、惑星の希薄な大気によって、機体は減速する。 その結果、遠心力が小さくなり、惑星に引かれる。 そして、最終的には大気圏に突入する。 太陽放射圧も軌道をずれる要因になりうる。 物体が、太陽から放射される光子などを受けると、表面に圧力が働く。 特に軽量で表面積が大きい物体は、放射圧による影響も大きい。 具体的には、大きなアンテナや太陽電池パドル、放熱板をもった構造物などである。 これ以外にも惑星の重力場のひずみや、他の天体からの重力の影響などで軌道がずれていく。 外乱による軌道の変化を説明したが、もちろん、パイロットの能動的に軌道を変えることもある。 たとえば、地球を周回する円軌道から別の地球周回軌道に移行する場合を考える。 必要な速度の変化をもっとも小さくする軌道移行は、ホーマン遷移として知られている。 速度の変化が小さいということは、推進剤の消費も少ないということである。 ホーマン遷移は2インパルスと3インパルスの2種類が存在する。 語弊を承知で言えば、2インパルスは2回噴射するホーマン遷移で、3インパルスは3回噴射するホーマン遷移である。 むろん、噴射するタイミングは、厳密な計算により求められる。 ホーマン遷移は、短時間で高い推力を持つ、化学ロケットなどに適している。 ソーラーセイルや電気推進のような、推力が小さいロケットでは、スパイラル軌道が使われる。 スパイラル軌道とは、じわじわと軌道を変えていく方法である。 さて、ホーマン遷移は推進剤の消費が少ないといったが、必ずしも最小というわけではない。 公転する惑星の重力を利用することで、運動方向を変えたり、加減速することができるからである。 これをスイングバイと呼ぶ。 ホーマン遷移にスイングバイを組み合わせることで、推進剤の消費をよりいっそう減らすことができる。 また、スイングバイの際、宇宙機の推進を併用するパワードスイングバイというものもある。 パワードスイングバイは、惑星の重力場のみでは希望する軌道に遷移できない場合に使用される。 ホーマン遷移には欠点はある。 それは移動時間を考慮していないということである。 たとえば、3インパルス・ホーマン遷移では、一度、無限遠まで離れてから目的の軌道に遷移したほうが、必要な速度変化が小さくなるという計算結果が出ることがある。 しかし、移動時間を考えれば、そのような軌道が実用に耐えられないことは明らかだ。 また、ホーマン遷移は円軌道以外の軌道間の遷移では適用できない。 さて、重力と遠心力でバランスで軌道が決まると前述した。 ここで、自機と同じ惑星周回軌道の前方に宇宙機がいると仮定する。 このとき、どのようにすれば、前方の宇宙機に追いつくことができるだろうか。 地上の感覚では、加速してスピードを上げれば追いつくと思うだろう。 しかし、実際にそうすると逆に遠ざかってしまう。 これは加速によって遠心力が大きくなり、より外側の軌道に遷移してしまうからである。 余談だが、見かけ上は加速している方向に対し、直行する方向から力が加えられているように見える。 このような見かけ上の力をコリオリ力という。 では、近づくためにはどうすればいいのか。 逆に減速すればいいのだ。 そうすると惑星の重力に引かれ、内側の軌道に遷移する。 ケプラーの第三法則によれば、公転周期の2乗が軌道長半径の3乗に比例する。 つまり、軌道長半径の短い内側の軌道のほうが、早く一周できる。 だから、内側の軌道で追い越してから、加速して元の軌道に戻れば、追いつくことも可能である。 以上のように、軌道や姿勢の制御は非常に複雑である。 名パイロットでも、それらを考慮して操縦することは難しい。 未熟な操縦者には、なおさらだ。 そのため、シーキャットには処理能力の優れた電子部品と宇宙に最適化されたソフトウェアを搭載している。 宇宙は電子機器に対し、厳しい環境である。 たとえば、放射線。 太陽風と呼ばれるプラズマ流や銀河系から到来するガンマ線などである。 強い放射線は電子部品や半導体素子に悪影響を与える。 代表的なものを以下に記す。 ・シングルイベント効果 ・トータルドーズ効果 ・内部帯電効果 シングルイベントとは、強い放射線の透過によって起こる。 シングルイベントはラッチアップとアップセットに細分化される。 ラッチアップとは、過電流によって素子に損傷を与えるものである。 また、アップセットとは、メモリ素子のビット反転など、回路の誤作動を起こすものである。 トータルドーズとは、放射線の通過が累積することで起きる素子の損傷を与える効果である。 放射線の入射によって吸収したエネルギー量の総和もトータルドーズという。 放射線は、原子を電離させたり、結晶格子に欠陥を生じさせたりするのだ。 内部帯電とは、高エネルギーの荷電粒子によって起きる現象である。 荷電粒子がプリント基盤やケーブルなどの絶縁物に侵入して、内部に蓄積される現象だ。 内部帯電によって絶縁物の内部に強い電場が作られると、絶縁破壊を起こす。 放射線の影響だけでも、これだけの故障や誤作動の原因がある。 また、宇宙は熱の問題がある。 特にセンサ類は熱に弱い。 そのため、宇宙機に使われる電子部品は、放射線や熱に強い宇宙用のものが好ましい。 しかし、宇宙用部品は市場規模が非常に小さい。 宇宙に行くのは軍人や研究者などの一部の人間であり、大部分の国民は地上で暮らす。 当然、彼らが使うテレビやパソコン、家電製品などは、耐放射線性を考慮していない。 そのため、民生部品の高性能化、小型化が進む一方、宇宙用部品がそれについていけないという事態になっている。 宇宙用の部品は特殊であり、部品メーカーもその製造を縮小している。 基幹部品でない限り、新規開発は難しい。 そこで、シーキャットは民生部品を宇宙環境でも使用できるよう工夫している。 具体的な放射線対策を下記のとおりである。 ・放射線を遮蔽する。 ・耐放射線試験で適性のよいものを選別する。 ・誤り訂正回路を追加する。 ・予備のシステムを用意して障害に備える。 ・リミッタで他の危機に障害が波及しないようにする。 民生品は市場が大きいため、競争により良品が多い。 宇宙用と比べ、高機能なうえ、小型で省電力である。 小型は軽量化につながる。 また、省電力は発電系を小さくできるため、これも軽量化につながる。 シーキャットは民生品を使うことで低コストと性能を両立している。 ただし、セプテントリオンには注意を払っている。