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執事喫茶「漢組」

執事喫茶「漢組」

作:鴨瀬高次

 「つーかーれーたー。吏族とかお仕事あり過ぎじゃない?」
 書類の入った大きな革かばんに振り回されながら歩く阪。
 「辺りもすっかり暗いし。もう残業はいやー」
 akiharu国は急速に都市化が進んだ為、電灯等の整備が遅れているのである。
 帰り道は星明りを頼りに歩かなければいけないほどの闇に包まれている。
 漆黒の中、建築物の窓からほのかに見える光が一見。
 「何あれ……お屋敷?」
 近づいてみると屋敷のドアには真新しい看板が掛かっている。
 「しつじ……きっさ、こんなものあったかしら?」
 看板には『10:00〜26:00(LO25:30)』と言う文字が描いてある。
 よく見ると薄っすらとホ・・・ト…という文字が読めなくも無い。
 玄関の前で屋敷の様子を探っていると、突然ドアが開く。
 「お帰りなさいませ、お嬢様」
 中には3人の男達が慇懃にお辞儀をしている。
 「失礼致します」
 ビックリしている阪を中に入れ、男達が甲斐甲斐しく上着を脱がせ重い鞄と共に丁寧にクロークへ閉まっていく。
 「ちょっと、いきなり何なの?」
 困惑している阪に、深々とお辞儀しながら清白が説明する。
 「失礼致しました、お嬢様。当屋敷では日頃の仕事で疲れた紳士淑女の皆様をおもてなししております。」
 清白がドアを開けると、広い部屋に出た。
 部屋には少し大きめのテーブルが8つほど。趣のある木目をしている。
 それにあわせた椅子が2つずつ備えられている。
 中は薄暗く、明かりはテーブルの上にあるトンボの描いてあるランプのみ。
 「どうぞこちらに、お嬢様」
 天狐が椅子を引いて阪を誘導する。
 席に着くと、鴨瀬がうやうやしく銀のトレーを持ってくる。
 上には5つの小ぶりな焼菓子。
 「お好みのものを
 お嬢様から向かって右からフレジェ、イチゴとカスタードバタークリームをピスタチオ風味の生地で挟んでございます
 さくさくサブレ生地の上にブルーベリーのシロップ煮を載せて生クリームをかぶせたレアチーズケーキ
 本日のタルトは赤い果実とクレーム・ダマンドのタルトシューはバニラビーンズたっぷりの生クリーム入りカスタードを中に詰めてございます
 中までしっとりホイップクリームたっぷりのショコラクラシックは悪魔的な美味しさでお勧めの一品です
 他にスコーンやバナナシフォンカラメル風味のアイスクリームも」
 「こ、これは……」
 唇に指をあて、どれにしようかと考えている阪。
 「小ぶりでございますから、2つでも3つでも」
 「それは無理だから……これでー」
 「かしこまりました」
 すっと下がった鴨瀬に代わり、今度はポットを持った天狐がやってくる。
 「申し訳ございませんが夜はハーブティのみとなっております。
 カモミールを主にローズヒップ、ミントをブレンドした屋敷オリジナルとなっております」
 白地に深緑のラインが入り淵が金色で彩られたモカカップから安心する香りが漂ってくる。
 清白がケーキとベルを持ってくる。
 「お待たせいたしました。御用の際はこのベルを」
 一礼し、天狐と共に下がっていく。
 彼らを見送った後、フォークで小さく切ったケーキのかけらを口に運ぶ。
 「ん、おいし」
 店内を見渡すと、深い色合いで統一された家具やインテリアで統一されている。
 どれも丁寧に作られており、落ち着きのある趣を見せている。
 「なんか、ずっとここにいたいかも……」
 ハーブティを飲みながら、そんな事を思う阪。
 ふと、時計を見るとすでに二時間が経過していた。
 「うわ、長居しすぎだから!」
 慌ててベルを鳴らす阪。さっと、天狐が寄ってくる。
 「ご出立でございますか?」
 「ええ、ごちそうさま」
 入り口でドアを開け上着を着せ鞄を渡すと男達は一列に並び、深々とお辞儀をする。
 「お休みなさいませ、お嬢様」
 「お休みなさい」
 外に出ると、音もなくドアが閉じられた。
 (普段からは思い浮かばないような礼儀深さだったわね……)
 そう思いながら、また来てもいいかなと思う阪であった。