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成人の儀式01

成人の儀式(涼原秋春・444・鈴木編)

作:清白

 
 遺跡内の通路を3人の若者が走っていた。時々後ろを振り返りつつ、全速力で駆ける。
 「だから、言ったじゃないか。あの紐は怪しいって」
  先頭を走る444が後ろの涼原秋春に文句をいう。
 涼原秋春はその後ろを走る鈴木に同意を求めた。
 「いや、でも天井から紐がぶら下がってたら、引っ張りたくなるのが人間ってものじゃないか! そうだろ!?」
 「あからさまに罠だって分かっているときは、普通は引っ張らないよ」
 「だいたい、天井に紐が吊るされている時点で不自然じゃん!」
  2人に敵対されて、涼原秋春はへこむ。
 少し前、444の静止を聞かず彼がその紐を引っ張った所為で、天井から吸血蝙蝠の大群が押し寄せてきたのだ。
 現在、命からがら何とか逃亡に成功したか、といった状況である。
 
 「……やっと撒けたかな」
  背後から蝙蝠が追ってきていないことを確認して、彼らは足を止めた。
 呼吸を整え、やっと周りを見渡せる余裕が出来たとき、前方が行き止まりになっていることに気がついた。
  道を間違えたか、と思いきや、壁にはあたかもここは開きますよ、と主張しているかのような扉と、その傍にある怪しげなボタン。
 「待った! これはいかにも怪しい。怪しすぎる」
  444が2人に注意を促す。涼原秋春は、今度は彼の意見に同意しつつ考え込む。
 「うん、確かに4さんのいうとおり、僕もこれは罠の可能性が高いと思う。となると、何処かに別のスイッチが……」
  扉の周りを調べ始める2人。なめるように壁を調査する。
 「あっ、これは! 『後ろを振り向け』って書いてあるぞ。暗号に違いないっ!!」
 「こっちも見つけたよ。ほら、これは絵だね。落書きのように見えるけど、きっと重要な意味が隠されているはずだ」
 「なるほど、ということは、これらから導き出せる解答ってのは――」
 「いや、答えを出すのを急いじゃ駄目だ。慎重に、慎重に考えよう。そう、この絵に描かれている太陽は何を意味するかというと……」
  444と涼原秋春が声をひそめて話し合っているなか、鈴木はおもむろにボタンへと近づき、ポチっと押した。
  何事もなく開かれる扉。
 「……んじゃ、先に進もっか」
  平然としている鈴木を2人は穴があくほど凝視した。
 
 「いや、しかし鈴木は凄いなー。よく、あんな二重三重にも張られた罠を見破れたもんだ」
 「そうそう、あからさまに罠だ、と見せかけておいて、実はそれが正解とはねぇ。考えたもんだね」
 「いや、普通に考えたら、ボタン押すだけでドア開くって思うんじゃないかな……」
  
  それから数分間。彼らは何の障害もなく、遺跡の先へ先へと進んでいった。
 沈黙が辺りを支配するなか、急に444が立ち止まった。
 「待つんだみんな、こんなにあっさり進むなんておかしい!」
 「確かにそうかも。今までと比べて静かすぎる」
  涼原秋春も彼の意見に同意する。鈴木も素直に444に耳を傾ける。
 「だから、これからはもっと慎重に進んでいくべきだと思うんだ。僕の勘によれば
 きっとこのあたりに罠があるはず……(ガチャ)」
  流れる冷たい空気。444が壁についた手が何かのスイッチを押してしまったようだ。
 「罠あったよ! というか、発動させちゃった! ……ごめん」
  背後から聞こえる、嫌な足音。ゆっくりと振り返ってみると、そこにはのっそりと歩く巨大なワニの姿が。
 「ということで、また走らなくちゃいけないわけだね! はははは」
 「疲れるなぁ」
 3人は再び全速力で逃亡を開始した。
  
 自分達が何処にいるのかも分からないまま、本能のままに走り回っていたのだが、数分後、彼らはある大広間に辿り着いた。
 前方に何か大きな建物が見える。
 「もしかして、あれが霊廟……?」
 吸い寄せられるように、3人は歩を進める。
 近づくにつれて、それが話に聞いていた古代王朝の霊廟だということがはっきり分かるようになった。
 開けた空間にポツンと鎮座している霊廟。
 古びてはいるが、一種の独特な雰囲気で包まれているのが分かる。
 神聖な雰囲気があたりを包んでいた。喜びと興奮で浮かれていた彼らだったが、そこで信じられないものを見ることになる。
 「えーと、本当にアレを倒さなくちゃだめなのかなぁ」
  涼原秋春が呟く。その視線の先には、全長2メートルはあろうかという巨大なサルが座っていた。噂に聞く、最後の番人サルの王。
 しかも、こっちにおいでーと手招きをしている。何か嫌なことでもあったのか、サルは暴れたくて仕方がないみたいだった。
 「ここは鈴木君、君に頼るしかなさそうだ! さっきのように君の英知で何とかしてくれ!」
 「僕には無理だって。それにあれは英知でも何でもなく常識――」
  鈴木の声は、涼原秋春の恐怖の叫びによって掻き消された。
 中々向かってこない彼らにサルは痺れを切らして自分から突進してきたのだ。
 どすどすと足がつく度に地面が揺れる。3人は本能的な恐怖を感じ取る。
 「まずい。こうなったら、あのサルの気を何とかして逸らさなくちゃ。
 奴が興味を持ちそうなもの……そうだ、バナナ! 
 サルだからバナナが好きに違いない。さぁ、早速バナナを」
  全てを言い終わる前に444はサルの突進を受けて派手に吹っ飛んだ。
 倒れた444はぴくりとも動かない。涼原秋春と鈴木は冷や汗をたらす。
  満足したサルは次の標的を鈴木に定めたようだ。
 ゆっくりと、獲物を狩るような目つきで鈴木に近づいていく。
  自分の身が危ないことを悟った鈴木は、急にどさっと地面に仰向けに倒れこんだ。何をやっているのかと問う涼原秋春。
 「死んだふり」
  んな、クマでもあるまいし。やれやれといった表情の涼原秋春だったが、サルは何故かターゲットを鈴木から彼へと変更した。
 馬鹿なっ! やはり、鈴木という男、只者ではない。
  舌なめずりをしながら近づくサル。いや、自分は美味しくないよ! そういや昨日お風呂に入ってないから汚いよ! と喚きつつ後ずさりする涼原秋春。
 やがて背中が壁に当たる。ついに追い詰められたのだ。
  目の前にはいまにも飛びかかろうとする巨大なサル。
 こりゃ駄目かもしれないなーと思いつつ無意識に伸ばした右手が何かを掴んだ。
 目で確認する。それはキノコ……余りにも毒毒しい黄色いキノコだった。
  逆らいがたい誘惑に襲われて、彼はそのキノコを口へと運ぶ。
 理性が危険だと注意を促しているが、右手が勝手に動く。
 噛む。咀嚼する。飲み込む。
  ……………………!!
  これが、涼原秋春とキノコとの始めての出会いであった。
 
  数十分後、気絶状態から意識を取り戻した444は、降参のポーズをとるサルの王と、その傍で立ち尽くす涼原秋春の姿を見た。
 「あれ、このサルどうしちゃったの? まさか……」
  声に反応して振り向いた涼原秋春の顔を見たとき、444は言葉を失った。目が、目がおかしかった。ぐるぐるだった。
 しかも、何故か知らないけど半笑いで表情が固まっている。
 「僕が倒したのさ、あーっひゃひゃひゃひゃっ!!」
  不気味に笑う涼原秋春。人格が変わっているんじゃないか、と444は恐ろしくなったが、
 これはこれで面白いかと思い直して、深く突っ込むことはやめにした。
 壊れる藩王とそれを見て忠誠度UPする執政の関係は、このときから始まったといっても過言ではない。
 
  安全を確認して起き上がってきた鈴木も合流し、気を取りなおして、3人は霊廟へと向かった。
 ここには古代、権勢振るった王たちの遺体が収められているという。歴史の重みを肌で感じ、知らず知らず、3人の表情は固くなる。
  そして、成人の儀式の最終章。ここに辿り着いた若者は、太古の王の魂に向かって、己の未来に対する誓いを述べるのだ。
 
 「どうだろう、僕はこの国の王になりたいんだが」
 「いや、いきなり何を言い出す。……まぁ、いいか。君が王なら僕は執政をやるよ。何か面白そうだし」
 「んじゃ、秋春くんが王になったあかつきには、僕も国民になってあげようかな」
  笑いあって、霊廟を後にする3人。
 
  ……彼らの言葉が叶ったどうかは、その後の歴史が示す通りである

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