バレンタイン、という風習がある。
遠い異国で生まれたらしいとか、お菓子会社が仕向けているとか、そういった話は全然関係ない(はずだ)。
女性が男性にチョコレートを送るのが基本であるが、最近はこのイベントを楽しもう、という気風になってきている。
akiharu国でいうと、摂政鴨瀬がゴロネコ藩国からラッピングされて帰ってきたり、
それでもってプレゼント相手を探して国民を襲いまくった事件が記憶に新しい。
そんな感じで我が国でもバレンタインは満喫されている。
病院、地下実験室。
今日もここで恐ろしい実験が繰り広げられてる…訳ではなさそうだった。
akiharu国唯二の女性である綸子と阪明日見が、お菓子の本に見入っていた。珍しく灰菜やほかの猫士たちも集まっている。
「わぁ、これおいしそう!」
「じゃぁ、これにしましょうか」
そう言って熱心にそのページを読み始める。どうやら手作りチョコレートの本らしい。
「この頃50人動員とかで殺伐としてたし、たまには息抜きしなくちゃね」
「結局、私たちが食べるんだけど。皆に配ってもいいかもね」
ということらしい。一応、大統領邸襲撃作戦成功のお祝いである。
「うん、これなら簡単にできそうね。あとはチョコレートが届くのを待つだけ…」
その時、コンコンと部屋のドアを叩く音がした。ドアを開けると、其処にはリズが立っていた。阪たちがお使いを頼んだのだった。
「お疲れ様。で、チョコは?」
物凄い勢いで首を振るリズ。
「……なかった」
「ええっ!?」
どうやら最近の市場崩壊の煽りで、チョコレートのような嗜好品は何処の店にも在庫がなくなり、
まだ市場も開いてないので他国かも入荷しないのだという。
「うーん、どうしましょう……」
と頭を抱える綸子。うーん、とこちらも頭を捻る阪。ふと、何かを思いついた、という顔で呟く。
「チョコレートってカカオ豆からできるんですよねぇ…」
「ええ、でもそれが?」
「この国ってカカオが生るんですよ、気候がいいので。それで前ちょっと密林の奥地に散歩に行ったときにですね…」
阪の話だと、その散歩の途中に見つけた野性のカカオを採ってきていたのだとか。カカオの薬効研究用に結構沢山在庫があるらしい。
「でもカカオからどうやってチョコレートにしたらいいのかしら」
「この本があります」
といって差し出すさっきの手作りチョコレートの本。
実はそれはかつて阪がビギナーズ王国でチョコレート怪盗から授かったとびきりおいしいチョコレートの製法書であった。
見てみるとマジに手作りのチョコレート作り方が載っている。いろいろありえない。
「あとはakiharu国の医療技術を結集させて…」
フフフ…と違う方向に行きそうな阪をなだめて、
「とりあえず駄目もとでやってみましょう」
と綸子。皆で料理するのが楽しいのだから。
「それじゃ、手分けしてどんどん作っちゃいましょう」
フラスコ、ビーカー、ガスバーナーなど多数のベタな実験器具が机に並べられ、調理器具に変身。
普段ドラック作りに使われる機械にカカオ豆、投入される。砕いたり絞ったり混ぜたり………。
まぁ、多少お見苦しい過程が入ったので省略させていただく。
数時間後…
「出来たわ……!!」
阪が握るボウルの中には限りなくチョコレートっぽいものがたっぷり出来ていた。
まだ溶けた状態で、掬い上げるとトロトロっと下に落ちていく。広がる甘い香り。それをリズが顔を少し赤くして熱心に見ている。
「じゃぁ、あとはナッツやフルーツで仕上げましょう」
と綸子が言うと、リズも隣でみよう見真似で作ってみる。
「橘の…作る…」
そう言って灰菜は一人部屋の隅に行ってしまった。こちらから手元は見えない。
他の猫士たちは、もとからやる気のない者、途中で飽きた者多数でその辺で寝てた。
最後にラッピングして完成!するまでにとっぷり日が暮れていた。
「じゃぁ、皆さんを集めて配りに行きましょーか」
「はーい、皆さん動員令お疲れ様です。これはささやかながらバレンタインのプレゼントですよー」
国民一同が集められて、綺麗にラッピングされたチョコレートが配られることになった。
「どうぞ、召し上がれー」
にこやかに綸子がチョコを配る。だが皆一様に表情が暗い。
「なんだか危なそうだねぇ」」
清白は横目で橘のチョコを見ながら呟く。灰菜から渡されたチョコレートは紫色をしていた。
灰菜は上機嫌で冷や汗をたらす橘を見ている。
「リズ、これ大丈夫なのか?なんか変なもの入ってないか?」
忌闇はリズから渡されたチョコレートをくんくんと嗅いでみる。リズはこくこく、と頷く。
結局どっちなの?と思ったけど、リズはあっという間に柱の影に隠れてしまった。
「薬物なんか入ってないですよー?」
阪もにこっと笑ってチョコを配る。だが皆沈黙を貫く。
それを破ったのが田中だった。えいっとばかりに口にチョコレートを入れる。
「あ、おいしい」
おおーっ、と皆が田中を勇者と心の中で称えた。
「じゃあ、僕もいただこうかな」
「お茶をいれてきます」
張り詰めていた緊張感が解けて、時が動き始めたように皆が動き始めた。これから和やかなお茶会が始まる…はずだった。
「うがーーーー!!」
奇声の主は鴨瀬だった。必死で口元を押さえている。
「フフフ・・・鴨瀬さん、油断したわね。たとえ3秒間といえども怨みは怨み、晴らさせていただいたわ」
たとえ数日過ぎようとも、阪はバレンタインのもっさりギャランドゥの怨みを忘れてはいなかった。
「むぅ、薬物を仕込んでいないと言うのは嘘だったのかっ!卑怯な」
「いいえ、私は嘘はついていないわ。薬物は入っていないといっただけ」
そういって徐に何かを取り出す。丸い形状で蓋が開いている。
「む。ツナ缶!?」
「おしいわね…実は更にこれを加えているのよ…!」
そしてまた何かを取り出す。
「そっ、それはもしやマヨネーズ!?」
「そう、このマヨネーズをかけたツナマヨがチョコレートの中に入っているの!!チョコレートとマヨネーズの相性の悪さは実証済みよ!!」
鴨瀬はそう言われてうっかりその味を思い出してしまった。口に広がる油とチョコの饗宴。
「だ、誰か水を…!」
はい、といって阪が満足そうに水を渡す。
「まぁ、今回はこれでいいですよ。今度から気をつけてくださいね」
一部の惨劇を尻目に周りは終始和やかだった。
「はぁー、珍しく穏やかに終わると思ったんですけどね」
「結局これか」
皆もう我関せずという感じでお茶会に突入している。
しかしちゃんとチョコレートの中身は確認してから食べることにした。
「なにはともあれ、プライドオブツン作戦、成功おめでとう!」
after Valentine's Day & Pride of Tun ……or VS Gyarando fin.
おまけ1
「うーん、作り方はわかったものの…」
いつものキノコの変わりに積み上げられたカカオの山。これから中のカカオ豆を取り出さなければならないのだが、どうしたものか。
「私に任せてください」
と言ってメスを取り出す綸子。きらりと蛍光灯の光が反射して光ったと思った瞬間、瞬く間にカカオが真っ二つに割れる。
「おーーー」
皆、感心しつつも一歩下がる。
おまけ2
お茶会が和やかに進むも橘は一人苦悩していた。自分のだけ明らかにおかしいのはわかりきっているのだが…。
「どうしても食べなきゃ駄目かい?」
隣に座っている灰菜の様子をうかがう。
「……(こくり)」
無言の圧力。とうとう橘は負けて口にチョコレートを入れた。
「……………………うっ(パタリ)」
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