「戦争祝賀会?」
阪の顔が渋くなる
「あ、うん、それを開きたいなーって。後はアメショーも動かそうかなーっとか…」
阪の顔色を伺いながらだんだんと語尾が小さくなっていく藩王。
急ににこやかになる阪。
「どうやら藩王様にはakiharu国の慢性危機的な国庫に対する再教育が必要なようですね?
いいですか?まず、この度の戦争にかかった費用を項目別に並べます」
ずらずらずらとグラフが並ぶ。
「まず、戦争動員令で資金11億・燃料10億tが、そして出撃に資源6万t・食料14万t・燃料6万tが計上されています。
これらをあわせると総額50億にゃんにゃん弱が本戦争における出費となります。」
「あーうん。わかってはいるんだけれどもね」
「分っているのにこれ以上の出費を重ねるおつもりですか?」
ますますにこやかになる阪。
「まあまあ、その位で勘弁してあげて下さい」
ドアを遠慮がちに開いて声をかける444。
444の後ろ側で心配そうに見ている忌闇と一心不乱に阪をスケッチする橘。
「秋春藩王だってその辺の事を分っていない訳ではないんですよ。ただ、建国前からいる私や藩王と違って皆さんにとって今回の戦争は初めての戦争だったのです。皆さんが何事もなく無事に帰って来れたのをお祝いしようという藩王なりの気遣いなんですよ」
うんうんと頷く藩王。
「それに今回の祝賀会の費用は藩王のポケットマネーから出るそうですから」
「えっ?あの4さん?ナニヲオッシャッテイルノデスカ?」
「まあ、それなら安心ですわ。それなら早速手配を整えないと!ええっと、バナナを100本とワニを50匹それから沼の主を…」
忙しそうに藩王の政務室を出て行く阪。
尻尾をぴんと立てながら後をついて行く忌闇。
その後ろを背後霊のようにぴったりついていく橘。もはやスケッチブックの枠を超えてスケッチをしている。
「阪さん!ツナ缶も!」
「はいはい。わかってますよーなにせ藩王様のポケットマネーですから、どーんと行きますよ!」
「えとあの阪さん?阪さん?おーい?ぼくは同意してないんですけど…?」
ジト目で444を睨む藩王。
「覚えてろよ」
「若年性痴呆が激しいので無理です」
阪の指揮によって次々と運ばれてくる食料と酒。忌闇と444も楽しそうに運ぶのを手伝う。
「うわー、凄い豪華じゃん!」
「ウチの藩王もキノコ食べるだけが取り柄じゃないってことを見せ付けられましたね。
自腹でこんな豪勢な宴会を開こうだなんて、なかなかいえるものではないですから」
444がさも愉快そうに笑う。
「……いや、あの、ちょっと洒落にならない量になってきてるんだけど、僕そんなにお金持ってないよ……?」
藩王が嘆願するような目で阪を見つめる。
「いえ、足りない分は藩王様のボーナスからしっかりと引かせて頂きますんでご心配なく」
一点の曇りもない笑顔で、阪が答える。職権乱用だーっと喚く藩王。
「あ、余り僕を怒らせないほうがいいよ。君達なんか僕が本気をだせば……嗚呼、キノコが僕を呼んでいる!!」
叫びながら服の中に右手を突っ込む。だが、……あれ? いつもそこにあるはずのキノコがない。
「ああ、そうそう。藩王様の服および、ここ周辺のキノコはすべて撤去しておきましたので。いつもいつも暴れられちゃ、たまりませんしね」
「……あ、あくまだ。君は少女の姿をしたアクマだ!」
「さ、準備が済んだところで乾杯といきましょーか! みんな、準備はいいですわよね?」
「待ってましたーっ!」
阪の音頭で宴会が始まる。
「やっほー、ツナ缶、ツナ缶!」
忌闇が目を輝かせながら、ツナ缶へと突撃する。
「しかし、ワニの丸焼きとはまたワイルドな。僕、こういうの食べるの苦手なんですよ」
「ははは。…ところで、お皿の上から僕らを美味しそうな目で見つめてくるアレはいったい何なんだろうね」
444の声が指差す方向に目を向ける。そこには丸焼きにされたワニに混じって、1匹だけ鼻息を荒げたワニが。
「や、ちょっと阪さん!! このワニまだ生きてるよ!!」
忌闇が叫ぶと同時にすぐさまテーブルから離れた。
「え、ええ!? そんなはず……きゃっ!」
ワニがテーブルから飛び降り、阪のほうに向き直る。逃げ腰になる阪。
……こうなったらしょうがないですわね。あの人に助けを求めるのは癪ですけど、こういうときにだけは頼りになる人ですから。
「きゃー、藩王さま、たーすーけーてー」
棒読みの阪の台詞が藩王に向けられる。
だが、当の本人はそんな声にも全く反応を示さなかった。見ると、彼は部屋の隅で壁に向かって何やらぶつぶつと呟いている。
「僕の味方は、ふしゃ、お前だけだよ……。今日は、2人っきりでゆっくりと飲もうじゃないか……。な?」
ふしゃの前にツナ缶をおいて、1人で日本酒を飲む藩王。その背中は人生に挫折した人が見せるように、深い影がおちていた。
「って、なんでそんな隅っこでいじけてるんですかっ。暗すぎですよ!」
「あ、そっか! 背中に乗っちゃえばいいんだよ。……よっと、ほら乗れた乗れた! こうすれば安全じゃんか!」
気分を良くした忌闇が、ついでにワニを阪から遠ざけようと誘導する。
「いいところに気がついたね、忌闇さん。で、何で僕の方へとワニを仕向けるんだい?」
「え、いやだってワニが勝手に。……うわっ! 全力で踏みつけやがった!! あ、怒ってる、だいぶ怒ってるよこのワニ!!」
火花と散らす、ワニと444。その余波を受けて、テーブルの上の食料が散乱する。
「あーもうっ! みんなそんなに暴れないで下さい!! 誰が後始末をすると思ってるんですか」
阪が2人の騒ぎに気付いて怒り出す。だが既に酔っ払っている彼らは、聞く耳を持たない。
「いやー、怒ってる阪さんもいいなぁ」
我関せずといった様子で、壁際で1人、カルアミルクを飲みながらスケッチする橘。
そうこうしている間に、場はさらに混迷を極めていく。
「うわっ、今度は藩王様が暴れだしたーっ!!」
「ははは、キノコがなくたってアメショーにのった僕を止められるものはいないさ。いくぞ、ふしゃっ! 君と僕とで新たに国を作るんだ!!
ほら、みんな僕の前に跪けぇえええいっ!!」
いつの間にか、宴会場に持ち込んでいたアメショーに乗りこんでいる藩王。今までの鬱憤を晴らすかのように、壁やら柱やらを散々に破壊し始める。
「ふふふ、流石は我が藩王。やることが一味違う」
444は満足気に頷くと、今まで飲んでいたグラスを放り投げ、ふっと身軽にアメショーの肩に飛び乗り藩王に指示を出し始める。
「聞こえるかい? 藩王よ。右45度に敵一体、肉眼にて確認した!」
「おお、4さん。戻ってきてくれたんだね……了解したよ」
「ええ!? ちょっ、何で俺が狙われてんの!?」
訳もわからず悲鳴を上げながら逃げる忌闇とワニ。追いかけるアメショー。
宴会場が崩壊し始める。
「…………夢、なのかしら。これ」
目の前の光景を信じたくない余り、阪は現実逃避気味になっていた。
ああ、壁にあんな大きな穴あけちゃったら修理費が数億にゃんにゃん、金庫はほとんど空だってのにどうしろと。
そう、落ち着くのよ、明日見。こういうときは深呼吸。ほら、穴から見える夜空はとっても綺麗じゃない。きっと木々には小鳥だって沢山……。
そんな茫然自失状態の阪に、にこにこ顔の橘がゆっくりと近づく。
「阪さーん。実は僕、いま阪さんがモデルの像に挑戦してるんですよ。そこで、お願いといっては何ですけど、少し協力してもらえないかなーっと。
はい、ちょっと失礼」
え? と振り向いた瞬間、顔に押し付けられる巨大なケーキ。充分に力を込めたあと、ゆっくりとはがす。
生クリームまみれになる阪の顔。へこんだケーキを覗き込む橘。
「ありゃ、やっぱりケーキじゃ上手く型とれないか。残念」
けらけらと笑いながら去っていく橘。
ぼたぼたとクリームを顔から落としつつ、阪は肩を震わせる。
「……いいいい、いいかげんにしなさーーーいっ!!」
宴会場に阪明日見の大声が木霊した。
こうして、祝賀会の夜は更けていったのだった。