"auf der Stelle treten"
(まぁ世の中そう上手くはいかないよなぁ)
密林深く、南国特有のくそ暑い太陽の光がさんさんと降り注ぐakiharu国。
その都市部の外れからもう少し離れたところにその建物はある。
「カサンブレラ製薬施設・本棟」
青々と茂る密林の中、この明らかに浮いている何の飾りっ気もない白亜の豆腐っぽい外見の施設は、色々とヤバイakiharu国の中でもトップクラスの危険度を誇る珍妙奇天烈ポイントである。
ここではakiharu国の先端医療の一角を支える最新の薬剤が職員たちの奮戦により研究・開発されているのだ。
―その一室にて―
「にゃ〜うふふふふ〜いい気分だにゃ〜」
「薬(ヤク)だ!薬が足りねぇぞ!どんどん持って来い!!」
「母さん・・・母さん・・・僕もう大丈夫だよ・・・」
数人(匹)の被験者たちをガラス越しに見つめる人物たちが口を開く。
「うん、こんなものかしら。作用率96パーセントで副作用率0,7パーセント・・・」
「ええ、この成果なら十分実用に耐えられるでしょう。流石です」
「毎日徹夜した甲斐がありました・・・」
手元のレポートに目を通して感慨深げに、満足そうに話しているのは吏族医師三人組の綸子、東西天狐、阪明日見だ。
彼女たちはこの数日新型ドラッグの開発を寝る間を惜しんで手伝っていたのだ。
そして成果は上々とあれば思わず笑みもこぼれるというものだろう。
だがこれはあくまで前段階であり、本テストはここからなのだ。
「さて、それじゃあパパッと人体にも行ってみましょうか」
「うん、早く寝たいです・・・」
「分かりました、じゃあすぐに捕まえて来ます!」
流石に体力があやしくなってきた綸子、阪とは対照的にやたらと威勢よく天狐が飛び出していく。
「元気ですね、天狐さんは」
「オリジナルのドラッグを使っているらしいわ・・・検査値だと藩王様にも劣ってなかった」
「・・・ばかばっかです」
女性陣が束の間の休息を取り始めて四半時間後、出て行ったときと同じ勢いで天狐が戻ってきた。
「ただいま戻りましたー!」
自動ドアをバタン、と開いて現れた後ろに二人の人物、akiharu国の藩王涼原秋春その人と黒猫耳のセバスチャン鴨瀬高次が続いて入ってきた。
「・・・天狐くん、ちょっとこっち」
「はい、何でしょう?」
手招きされて寄ってきた天狐が制空権に入ると、綸子は某クロアチアのターミネーターばりの見事な右ハイキックを見舞った。
「あれほど藩王様に見付らないようにって言ってたのにどうして本人連れてくるのっ!」
「あ、あはは・・・すいません。気を付けてはいたんですが・・・」
吹っ飛んだ天狐に怒鳴る綸子の肩にやんわりと手が置かれる。
涼原秋春だ。
「まぁまぁ綸子君、そんなに彼を怒らないで。新ドラッグの実験なら危険も多いだろう?ならばこそ王である僕こそが率先してその役をやるべきだろう」
「藩王様・・・」
穏やかな笑みを浮かべて力強く言う涼原秋春だが綸子の顔は晴れない。
(じゃあなんでそんなに眼を輝かせてわくわくされているんですか?信じていいんですよね、藩王様・・・)
そうこうしているうちに鴨瀬高次達他の被験者たちは次々と拘束衣に着替えていく。
「あのー、ちなみに僕の心配は誰もしてくれないんでしょうか・・・」
「綸子さんのソックスで手を打った貴様が何を言う」
「くっ・・・同僚という立場を悪用するとは・・・貴様何時か消されるぞ」
「ふっ・・・ソックスの為なら命の一つや二つ、惜しくは無い」
「二人様、何こそこそ話しているの?」
「「なんでもないですよ?」」
ドラッグを打って廻っている隻眼着物姿の萌え萌え猫士、灰奈が不思議そうに首を傾げながら手早く鴨瀬高次に注射して去っていく。
「必ずだぞ?」
「無論、約束は約束だ」
鴨瀬は薄れていく意識の中で、未だ嗅がぬソックスの香りを夢想してはにやけていた。
3時間後・・・
「騙された・・・新型ドラッグって聞いたから張り切って来たのに・・・」
「誰もキノコドラッグだとは一言も言ってません。邪魔ですからいじけるなら外でいじけてください」
「うわーん!覚えてろよー!」
実験結果を記録していく阪明日見に冷たく言い放たれて、部屋の隅でいじけていた涼原秋春が飛び出していく。
後を追って行った灰奈の後姿を見送りながら綸子と阪明日見はそろって重い溜息をついた。
今回の新薬はドラッグはドラッグでも医療用の鎮静剤と興奮剤だったのだ。
ドラッグマジシャンになってからというもの、普通のドラッグでは満足できなくなっていた涼原秋春にはどうやら物足りなかったらしい。
「藩王様何か前にも増して自分から進んでドラッグ使いまくってませんか?」
「やっぱりそう思う?セキュリティもあんまり役に立ってないみたいなのよ。はぁ・・・」
その後ろでは
「くっくっく・・・老いたな、アイロンよ。実はあのソックスは偽物だったのだぁ!」
「おのれマッスル、そこに直れ!今日こそその見苦しい筋肉、きっちりとシワを伸ばしてくれる!!」
二人の馬鹿が意味不明な言葉を喚きながら乱闘を始めていた。
「なんで・・・なんで・・・この国の男は馬鹿しかいないの?」
「綸子さん?」
俯いて肩を震わせる綸子を阪明日身が心配そうに見上げ、その表情を見るや部屋から逃げ出した。
曰く、君子危うきに近寄らず。
そこに
「うわーははは、ドラッグだ!ドラッグをよこすんだぁ!!」
「ごーごーあきはるー」
壁をぶち破って涼原秋春と灰奈がアメショーに乗って舞い戻った。
当然涼原秋春の目はぐるぐるである。
そして灰奈はノリノリである
「あんたたちっ!!いい加減にしなさぁぁぁいっ!!」
綸子の手に魔法のように数十本ものメスが現れたかと思うと彼女はそれを一斉に投擲した。
絶技・真紅の絶叫者(スカーレット・スクリーマー)!!!!!
こうしてakiharu国の優秀な薬品産業は今日も数々の新薬を世に送り出し、人々の生活を支えているのである。
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